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第11章キングスキャニオン・前編
−The Diary 1988 in Australia−

52日目 August 26
 エアーズロックを後方に見ながら、見通しのよいLasseter Highwayを東へと走る。3泊してちょうど愛着の湧いてきたユララを出発して、もう10kmほど走っただろうか。遥か前方の路肩に、ボンネットを開けた1台の車が停まっているのが見えた。特に気にとめるでもなく、そのままオートバイを走らせていくと、そのひどく古いステーションワゴンの周囲に数人のアボリジニたちが群がっている。
 この辺りでは、オーストラリアの原住民であるアボリジニを見ることはめずらしくない。ブーメランで狩りをし虫を食べるというのは過去のことであり、今では国の保護を受けて、もう少し現代的な生活をしている。
 しかし、漆黒の肌のアボリジニたちのギラつく眼の全ては、自分を見ていた。かかわりたくないというのが正直な気持ちであり、目を合わせぬようそのままオートバイで走り過ぎようとした。が、その瞬間、一人のアボリジニがこちらに向かって手を振り、止まれという身振りをした。
 予期せぬ出来事に、思わずブレーキを握ってしまう。そして、考える間もなく、オートバイを停めてしまった。
 まわりを見渡すと小さな子供もいた。家族なのだろうか。そして、これからいったい何が始まるのだろう。止まれと合図をした彼がこちらに近づいてくる。そして聞き取りにくい英語で話しかけてきた。
 ステーションワゴンの冷却水が空になってしまい、このままでは走れない。だから、水が欲しいのだと言う。とりあえずは、事件などに巻き込まれるようなことではなくホッとした。しかし、考えてみると、自分の今持っている4リットルの貴重な飲料水を彼等に渡してしまうわけにはいかない。そこで、自分は水は持ってないと伝えた。
 彼は、それならユララまで水を取りに行って欲しいと言いながら、車の中から薄汚れたポリ容器を2個出して来た。それは4リットル入りのエンジンオイルの空容器だった。これなら、2個で8リットルの水を運ぶことが出来る。もう、断ることは出来ない。そのポリ容器をオートバイに括り付け、水を得るために、ユララまで再び戻ることにした。
 今来たハイウェイを再び往復することになるなどとは思いもしなかった。ユララのガソリンスタンドで8リットルの容器を水で満たし、往復で約20kmを走って、彼等のステーションワゴンまでようやく戻ることができた。
 そして、8リットルの水を手渡す。これでまた走ることが出来ると彼は言い、右手を差し出してきた。そのごつい手を握り返し握手を交わすと、黒い顔が初めて笑った。彼は自分の名をディクソンと教えてくれた。
 オートバイを東へと出発させる。バックミラーの中で、小さくなったディクソンたちのステーションワゴンがゆっくりと動き出すのが見えた。
 アリススプリングスへまっすぐ向かわずに、キングスキャニオンへの未舗装のダートへ入った。巻き上げた土煙を遙か後方までたなびかせながらオートバイを走らせる。爽快に走る。途中、偶然にも昨日ユララで別れたばかりの山下氏とすれ違う。彼はすでに昨日のうちにキングスキャニオンに行き、しかも途中の悪路で転倒してしまったという。しかし、怪我もオートバイへのダメージもないようで安心した。自分もこれから先のルートを気をつけて走らねばならない。気を引き締める。
 キングスクリークのキャンプグラウンドに着き、今日はここでテントを張ることにした。キングスキャニオンまではあと35kmだ。今日はダートが130kmも続いた。今の日本ではとても考えられない距離だ。
( Kings Creek Campground / Kings Creek / 6,754km )


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